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『二次元にして四次元』――当代最難関の暗号書《鏡面門理論》とは 更新:12/03/14

鏡面門》。“Wy-Earth”を取り巻く超光速鉄道“アマテラスR.w.”の基幹技術として、
我々にとって無くてはならなくなりつつある新技術の産物、未来を映す水鏡。

しかし異世界への渡航すら可能とする、科学でも魔術でもない技術…《鏡面門理論》。
これはブラックボックスの多さも相まって、一般人に殆ど内情が知られていない。

そこで当紙科学文化部は、可能な限り噛み砕いた解説記事を制作する事とした。
これは紡乃法寺花織理博士協力の下、謎めいた論文の解読に挑戦した結果である。

──主筆の前書きより抜粋



●我々の有する技術と歴史
 
 改めて確認すれば、我々の世界“Wy-Earth”には三つの技術体系が、古くより存在している。
 
 物理化学──世界に偏在する現象を、検証可能な理論に置換して理解し直す、所謂“科学”。
 魔素力学──世界に偏在する現象を、魔素(マナ)により意識的に再構築する、所謂“魔術”。
 魔導科学──上述の科学と魔術、双方の特性を幾何学的に組み合わせた“相互補完の技術”。
 
 世界に存在する物事の大半はこの三種で説明が付く…一般市民の認識はそんなものだろうと思う。
 だが“Wy-Earth”には幾度か、人知を越えた超災害〈神災〉(しんさい)に見舞われた歴史がある。
 〈第三次大崩壊戦争〉等、人類種や各知的生命種による数度の世界大戦を筆頭に例示してみよう。
 勿論この世界大戦も、地軸をずらし極点にあった氷を一度溶かす等、〈神災〉の一種だと言える。
 
 古くは〈悠久熱〉──魔素(マナ)の汎世界的異常による概念伝染病が挙げられる。
 罹患した患者を極度の高熱による慢性衰弱が襲うこの病は、併発する精神疾患の方が有名だろう。
 患者自身のみならず、患者の関係者…友人・家族・伴侶。その全てが、患者の事を忘れるのだ。
 しかも記憶だけでは無く、「記録」…戸籍・保険・預金・職業・その他諸々の公的な記録。
 その全てが、悠久の風に晒され朽ち果てるように消えていく。誰かが偶然気づいたときには、
 戸籍・診療記録・健康保険情報の消失により病院からも棄てられた患者が、路上で死んでいる。
 この恐るべき伝染病は、効果的な治療法・初期検査法こそ早期に開発されたにも関わらず、
 被害者数の完璧な同定すら困難で有り、寒村等での散発的な流行により現在でも根絶には至らない。
 何しろ原因と言われている産業用魔法陣開発会社のラボすら、未だ在処を特定できないのだ。
 
 現在も爪痕を残す病と言えば、避けて通れないのは〈イヴ症候群〉の存在だ。
 生化学ラボの爆発事故により広まった生化学性の伝染病であり、原因・治療・予防・検査法、
 その全てが現在までに解明されている。だが、この病気の感染力・致死率は群を抜いている。
 その最大の特徴は特定の生物種──雌雄が存在する種族においては、雌雄のどちらか一方に
 極めて偏った確率で発症する事だ。人間(ホモサピエンス)で言えば男性が多く死亡しており、
 バンシー種においては、種の大半を構成していた女性が多く倒れた…という具合である。
 異性間の接触…性的接触だけにとどまらないスキンシップ程度でも感染するこの凶悪な病は
 特効薬の開発まで猛威をふるい続け、女性同士のカップルにおける人工受精法を確立させる等、
 世界の仕組みを小さくない尺度で変革した。このバイオハザードによって偏った人口比率は
 今以て正常化しておらず、一部の医学者に至っては遺伝的後遺症の存在を疑う程だ。
 
 だがこういった長期の記録には〈二重編纂の時代〉による影響も考慮しなければならない。
 魔導科学技術黎明期の国際機関による実験失敗が引き起こした大規模タイムパラドックスであるこの現象は、
 先祖が連綿と受け継いできた“歴史”の信憑性を根本からゆがめてしまった。精一杯修復を試みた結果として
 世界史年表において数カ所、似たような出来事が二度以上記載されるという事態を引き起こしてしまっている。
 それら時系列の異常は延べ300年に及ぶとされるが、「歴史の先送り」は国際会議の紛糾を経て却下された。
 反面現在も終息宣言は出ておらず、著名な歴史学者はいつ年表が狂うともしれない爆弾の恐怖におびえている。
 
 こういった“Wy-Earth”の悲惨な逆境に止めを刺したのは〈黒妖の十年紀〉と言われる十年間であろう。
 強烈な異常気象により食糧事情・難民問題が急速に悪化した上に、異世界からの邪悪な来訪者と目される
 有害不定形生命体──通称“猟犬”の大量出現。これらの原因は、我が国・日本皇國連邦の南洋にあった
 のどかな楽園・結神島とされているが、結神島は現在完全に消滅しており、真実は深い奈落の底である。
 
 これらの惨事を経て“Wy-Earth”の知的種族はようやく互いの諍いを辞め、大規模外宇宙移民船団の量産を開始。
 次々と遙かなフロンティアを目指すようになったのだ。中には異世界への平和的移民を求めて旅立った船団も有り、
 我々の乗船している[A.R.K.]も、こういった世界情勢に乗っかった形でセルフォリーフへとやってきたのだ。
 
 この『異世界への移民』を可能にした技術こそ、《鏡面門》──ひいては《鏡面門理論》なのである。



●《鏡面門》とは、《鏡面門理論》とは
 
 《鏡面門》(アリス・ゲート)。この何処かおとぎ話っぽい名前の構造物は、三次元的に見ればただの「丸鏡」である。
 薄さ数ミクロン、空中に浮遊可能、特殊フィールドで固定される…等々、実際の鏡とは当然差異も大きいものの、
 前に立った人物には、映り込んだ自分の姿や反転した風景しか見えない。この不思議な鏡、とある物質で出来ている。
 
 〈“P:Nt-Q.L,I.S”〉(パーティクル・ニトクリス)。[a Particle:Neutrino-Quadruple.Linkage,Interior.Spiral]を
 通称の由来としている、この〈内部螺旋四重連中性微子〉は学術上の和訳においてニトクリス粒子とも呼ばれるものの、
 一般的には〈鏡面粒子〉として紹介される事が多い。この物質は“科学”的にも“魔術”的にも、効能が不明とされる。
 ある複数の素粒子が特異な立体魔方陣的螺旋を描くように結合して産出する為、自然発生しないのが最大の理由である。
 “魔導科学”の実験において概念情報の変質でごく稀に発生する事があるものの、その性質や利用法は全くの謎だった。
 
 そんな疑問を解き、〈鏡面粒子〉の運用理論を確立させた技術こそ《鏡面門理論》に他ならない。
 
 〈鏡面粒子〉とその安定化集積体である《鏡面門》の制御理論に特化している反面、
 その理解や確実な運用には“科学”“魔術”“魔導科学”の広範な知識を要求される。
 その為《鏡面門理論》は“科学”“魔術”“魔導科学”のいずれにも属さない、
 “Wy-Earth”における『第四の技術』として現在脚光を浴びているのだ。
 
 …では《鏡面門》と《鏡面門理論》で、果たして何が出来るのか?
 
 一言で言えば「時空を越える」事が出来るのだ。それも単なる長距離ワープではない。
 ある程度の時間移動、異世界への行き来、三次元容積の限界を超えた情報の出し入れ。
 “Wy-Earth”においてすら、従来の技術では民生普及困難とされた諸々の断崖絶壁を、
 《鏡面門》はいともあっさり「越えてしまった」。そう、既にこれらは実現している。
 
 我が国の鉄道会社“アマテラスR.w.”が世界に先駆けて実用化した、超光速鉄道〈ヤタノカガミ〉。
 地球の反対側もどころか、月面都市にさえも一時間を要しないという、この次世代交通網は
 世界の復興や発展に大きく寄与しているが、ここで搭乗時の様子をどうか思い出して頂きたい。
 進行方向に巨大な銀色の“トンネル”を見た事がある筈だ。そう、これこそが《鏡面門》なのである。
 
 また搭乗前に時計の“時差”調整に関する案内でも、必ず到着後に行うよう逐一勧告されているだろう。
 これもまた《鏡面門理論》の特性である「時間移動」「世界間移動」を活かした移動方法の為なのだ。
 「三次元容積の限界を超えた情報の出し入れ」という特性により、走行中の列車は概念情報まで分解される。
 
 そして多次元偏在物質の特性を持つ〈鏡面粒子〉により、構築された異空間〈鏡面積層次元圧縮空間〉へと
 列車及び乗客──それらの存在を司る概念情報は次々と移動・転写されていく。この情報処理特性を応用し、
 時空を越えて物質を送り届ける行為が、〈ヤタノカガミ〉等々《鏡面門理論》による長距離移動の原理。
 その際、別の特性である「時間移動」と「世界間移動」による距離短縮・圧力偏差・時刻調整が行われるため、
 時計の“時差”調整は空間が安定した到着後に行う様、“アマテラスR.w.”は再三告知しているのである。
 
 一応〈鏡面積層次元圧縮空間〉という場所についても解説しておこう。
 『二次元にして四次元たる未知の煉獄』(紡乃法寺花織理博士)という言葉が表す異空間だ。
 
 ──それは観測限界(*)40万度という、超高温。
 ──観測限界(*)100万hPa・50Gという、超高圧・超重力。
 ──そしてこれらの環境条件により、あらゆる粒子が
   時空を越える程の超光速で休む事無く飛び交い。
 ──内部に存在するモノの全てを〈鏡面粒子〉が
   物体の奥行きから経過時間・同一性に至るまで
   転写・記録・保持し続けるにも関わらず。
 ──“二次元擬似立体構造体”とも呼称される様に、
   前述の全てがほぼ平面上に圧縮され続ける、超空間である。
 
 以上、当然ながら三次元に暮らす生物の生きていける環境ではない。
 〈ヤタノカガミ〉等の移動体が「情報処理特性」を利用するのは、
 この地獄を出来るだけ安全・快適に通過する為でもあるのだ。

(*):投入された観測端末が防御結界もろとも圧壊する直前までの最高計測値。
  各種上昇幅の指数関数的記録から、実際は数十倍以上の地獄と見られる。
 


●〈原初の三導師〉と《鏡面門理論》の歴史
 
 では、この物騒な“パンドラの箱”を開け、中から希望を拾い上げたのは誰か?
 彼らは通称〈原初の三導師〉として、工科大学向けの教科書に記載されている。
 
 キス・A・キャロル──自称、新しき科学の申し子。女性。
 アリス・L・ネフレンカ──自称、黄色い魔導の天秤。女性。
 ロバート・C・バルザイン──自称、終末期の大魔術師。男性。旧アメリカ人。祖霊種。
 
 彼らは以上三人の連名で、《鏡面門理論》の全論文をP2Pネットワークに放流した。
 そして《鏡面門理論》の産み出す権利や利益、その全てを未来永劫放棄したのだ。
 
 《鏡面門理論》の論文は、二つの大まかな文章に大別されている。
 
 一つは〈ジャバウォック・コード〉。
 初めて触れる学者・技術者向けに、〈鏡面粒子〉の事細かな挙動・基礎理論を解説した論文である。
 入門書のように聞こえるが、その理解に“科学”“魔術”“魔導科学”の広範な知識を要求されるのは
 前述の通り。しかも『不可知の竜』を意味する題名の通り、現在もなお未解明の法則・呪文が多い。
 それにも関わらず、現在までの所理論全体に破綻は見当たらず、各種運用もしっかり行えている。
 ──再度言うが、これでも〈ジャバウォック・コード〉は「初めて触れる学者・技術者向け」なのだ。
 
 もう一つの文章が〈バルザイ・ブック〉。
 ロバート・C・バルザイン博士の主筆により作られたこちらの文章は、発表時に「応用編」と定義された…のだが
 〈ジャバウォック・コード〉以上に難解で暗号的な要素が多く、実際はどういう挙動なのかすら知られていない。
 しかし応用自体は問題なく可能という、完全な“ブラックボックス”である。〈ジャバウォック・コード〉の謎を
 解読する為には此方の解析も進めねばならず、世界中の学者を考古学じみた挑戦に駆り立てている一因なのだ。
 我らが[A.R.K.]艦長──〈イザナギCO.結神研究所〉所長の紡乃法寺花織理博士も、その一人にして第一人者である。



●技術応用の壁
 
 しかし《鏡面門理論》の普及には様々な難関もつきまとっており、試行錯誤の最中だ。
 〈プロモーション現象〉〈キャスリング作用〉等と呼ばれる異常がその筆頭…と、花織理博士は言う。
 
 『〈プロモーション現象〉──まあこれは、ぶっちゃけ概念汚染だね。〈鏡面積層次元圧縮空間〉の中では
  十分に対策を取らないと、あっさり次元座標が浸食される。そうなりゃ過酷な環境に耐えきれずポポポポーンだ。
  でもたま~にッ、これに耐えちゃうようなレアケースも有るのさ。その場合、極稀にこの現象が起きる。
  コレに出会うと、他人の…どこの馬の骨ともしれない概念が自分に混ざり込み、自分が自分で無くなるのさ。
  混ざり物が全部被害者に有益ならいいさ。でもそんな奇跡を期待するのはよした方がいいね…大抵は破滅する。
  よしんば生命体の形を保てたとしても、与り知らぬ形質に振り回されて自滅か公安に射殺されるのが関の山だよ。
  これが恐いなら、進入中は〈TN安定化曲線〉に〈DLS保護関数〉──他にも元々、気をつける必要があるなぁ』
 
 『〈キャスリング作用〉──これは〈鏡面積層次元圧縮空間〉中での“交通ルール”って所かな。
  特にワープ用途で使うときに問題となるんだが…ほれ、入口があるならやっぱり出口も欲しいよね?
  ところが《鏡面門》は基本的に“対面通行一車線”だ。こっちとあっち、両方の《鏡面門》。同時には入れない。
  譲らず無理に入ろうとして何が起こるかって言うと、一秒でも遅れた方の《鏡面門》は固く閉ざされる。
  厳密にはバリアの様に機能して、先に入った方の移動を保護してしまうのさ。これを外から破るには…そうだねぇ。
  衛星砲や反応弾でもぶち込むしかないんじゃないかなあ?けどこれでも確実とは言えない、それ位の堅さだ。
  列車や荷物程度じゃ粉々になるだろうね。しかも次の瞬間には眼前から亜音速の物体が飛び込む…大惨事かな?
  一応これの利用法もあるにはあるけど、ワープ用途では邪魔だね。だから緻密なダイヤグラムが必須なのさ』
 
 鉄道会社“アマテラスR.w.”に取材したところ、これらの危険性については十分把握しており、
 24時間年中無休体制にて保有する《鏡面門》全ての管理を行っている…との事だった。
 

 
“Wy-Earth”の知的種族にとって、《鏡面門》の向こうにある未来は【希望】だけなのだろうか?
当紙科学文化部では引き続き取材を重ね、読者諸兄に『〈第四の技術〉の真実』をお伝えする予定だ。
 
──特集記事・第一回の末文より抜粋
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